背中のメスの跡が痒くて痒くて仕方ありません。鏡を駆使して背中を見てみました。 吃驚です。背骨の上にますぐに傷痕があります。ああ・・・こんなにも切られていたんだと思いましたが 1か月でここまで傷が乾いてくつくなんて 医術ってすごいな~~~と妙に感心して慌ててシャツで隠しました。やはりあまりにも痛々しく カメラに残そうとは思いませんでした。でも????こんな経験はもうしたくはない だとすれば ハルさんが来たら写真撮ってもらって・・・・。ハルさんは私の食事の支度を心配して買い物をして来てくれました。二人でおしゃべりをしていましたが 雨が気になり暗くならないうちに ハルさんには帰宅してもらいました。
カラスの道草
SHOWの水晶玉 改めまして 北の丸のカラスこと 白河 SHOW の新たな一歩です。
9月27日 利休梅
台風が日本列島を伺っているようです。 ベランダの整理をしませんと・・・・とは思えど身体がいう事をききません。空の植木鉢などをかたずけましたが 植木を室内に取り込むことは出来ませんでした。 寒くなる前に室内へ何とかして移動しましょう。夕方は早くに暗くなりました。寒さの冬が来る・・・・今年は十分に注意して行きませんと 私の身体に夏のダメージが残っています。
蝉の抜け殻 代官町通りの土手に登ると・・・・蝉の穴が足元に沢山開いていて 傍のモミジの幹に蝉が並んでしがみ付いています。 かって弟が佃煮にするほど蝉を拾って来たのを思い出します。
9月25日 歩みは遅くとも・・・・・
ベットから起き上がるのに大分慣れてきました。段々と足腰の動きも軽くなって滅入っていた気持ちも落ち着きました。 手術後25日経って サポートなしでも食事の用意は出来ますし 今日はシャワーも気持ちよく浴びられました。困りましたのは・・・スマホの故障です。でも電話機は健在ですので心配することも無いのかもしれません。 弟は心臓の血管2本にステントを入れていますし 妹は足の骨折怪我で3度入院しています。 私だけは元気でしたのに齢には勝てません。「お姉ちゃんよくあの病院に行ったわね。 脊椎管狭窄症で有名な病院よ」と妹に言われ・・・これも両親とお不動様のお導きと感謝しています。加えて区からのサポートが受けられることにも安心しました。 一人でつぱらかっていくことも無い。 弱っていく身体を助けてもらうのも自然なことと思うようになりました。
紫露草
9月23日 ポツネンと
細かい雨が絶え間なく降っているようです。 窓を開けると冷気を素足に感じます。季節がとっとと先をかけて行きます。帰宅したらカメラを持つだろうと自分では思っていましたが カメラを持つ気も起きません。何せコルセットが邪魔で自由が利きません。 10月末までか~~~~辛いな~~~~傷口を見てみたいけれど・・・・勝手なことはやりたくても怖いです。本棚の硝子戸に予定が書きこまれたメモがペタペタ貼ってあります。あれが無くなれば それまでの我慢我慢・・・・面白くない!!!我慢ばかりでは。怒りが増すばかりで・・・・・
9月22日 我に返って・・・・
退院後2日間夢中で寝ていました。矢張り自宅ベットは安心です。妹のみどりさんが冷蔵庫に食料を入れてくれてましたが 直ぐに無くなり今日はヘルパーさんが近所のスーパーマーケットへ買い出しに行ってくれました。 病室では上げ膳下げ膳でしたが・・・・自炊は辛いです。先程植木の部屋で鉢を1鉢転がして土が散乱しましたが それとて元には戻せません。 先生何故こんな状態で退院させたのだろうと 医師に八つ当たりです。1日1日と身体は軽くなって動けるようになるのでしょう。明日になったら シャワーを浴びてみよう。浴室に背もたれも肘掛もある椅子が置かれました。 永かった様な短かった様な入院生活 これも人生色々です。
夕方になると急に背中が・・・痒いのです。シャワー浴びてみようか????無理は出来ないけれど椅子に座ってシャワーを浴びれば・・・気持ち良くなる。入院中も一人でシャワーを浴びたのだから頑張ってシャワーを浴びてみよう。ガーゼの寝間着を着ると毛穴から沸き立つように出る疲れで動けなくなりましたが・・・気持ちはサッパリしました。 今夜はぐっすり眠れるに違いない。
明日は麹町安心センターの人が来てくれて これからの生活のサポートを考えてくれるようです。頼るときは助けてもらおうと腹は括りました。
9月20日 退院しました。
以前から腰痛がありました。 8月13日・・・とうとう限界と感じ 加えて入院も視野に入りましたので ヘソクリも持って病院へ行きました。その場で入院で8階の個室に入りました。 検査検査が続き 31日手術になりました。ストレッチャーに乗せられて「ベン ケーシー」の如く手術室の扉を2箇所駆け抜けて 丸い大きなライトが天井に2台見えました。小さなキラキラ光るライトがびっしり並んでいて「明るいな~~~」と思ったの迄覚えています。 4時間後手術室を出る時には 「痛い 痛い 先生が痛くした。」と悪態をついていたそうです。気が付いた時若い男性の看護師さんが 手を擦ってくれていました。順備室に3日居ました。その後は個室で6本のチューブに繋がれて・・・もうろうとしていたそうです。病室は北の丸公園が眼下に望める南向きの個室で眼下の緑を見て・・・空と雲の流れを見て・・・夜ビルの赤い灯の瞬きを数えてゆったりと過ごしました。 何で????こんなことになったのだろう???? やがてリハビリが始まり9月19日退院となりました。 親友のオリーヴさんだけには電話をしました。その日の内に見舞いに来てくれて嬉しかったです。神田研光会の藤田様メールを有難うございました。
私の骨密度は驚かれるほど高く 腰椎4番と5番の骨を削るのに苦労したと主治医にも言われました。
帰宅後もコルセットは10月一杯着用するとのことですが すでに痒みが出て困ります。 脚力は衰えなかったようで それだけは助かりました。退院時転ばないようにと主治医にも注意されました。今室内移動にも細い杖を持っています。窓外では秋の虫が鳴き始めました。
2日ベットで寝ていたら回復に4日 3日寝たら9日 4日寝たら回復するのに16日かかると以前教えられましたので・・・・極力足首先だけでも動かしました。
とにもかくにも自宅ベットで身体を伸ばしました。一か月の時間の変化は微妙に感じられました。
8月14日 網目状
千葉県佐倉市に住んでいますオリーヴさんに連絡を取りましたら 雷の音はすごかったが大丈夫との返事でした。テレビのニュースでは千葉は大きな被害が出ている様子で 濁流となった水は恐ろしいく怖いです。私のマンションは3方からの坂下ですので かってはマンションビルの出入り口に止水板が置いてあったのを憶えています。家を買う時は地名に気を付ける必要があり水に関する文字を見ない所にしなさいと教えられました。今の我が家の場所は昔沼地だったようです。そんなことを言えば日比谷はかって日比谷入り江といわれた海だったそうです。
網目鬼灯と網戸の網