6月8日 ペンダントトップ

 フィリピン ミンダナオ島で大きな地震が起きて校舎が倒れ 揺れ動く校庭で集まっている子供達・・・恐ろしい光景です。 地震は決して他国の出来事ではない 日本では富士山が活動しない保証は無い。

今は・・・アクセサリーには興味がありませんが 若い頃はブローチや ペンダントトップに興味がありました。




















6月6日       ブローチ

昨朝オリーブさんから電話がありました。彼女とのお喋りは楽しいことばかり。その後洗濯機だけは回しましたが台所の流しは片付けもせず 風が冷たいようで  買い出しにも行きませんでした。 

琥珀のブローチ   中に蚊のように見える虫が閉じ込められています。 本当か嘘かこれが自然琥珀の証だと言われました。











スワロフスキー 蝶のブローチ    清水の舞台から飛び降りる思いで買ったブローチ 大事にしています。











6月3日       台風からの雨   

 昨夜から弟が泊まりに来ました。 今日病院の予約があり 台風で交通機関の運転休止があると動けませんので泊めて欲しいとのことでした。2度心臓の手術をしています。今年の血液検査の結果が悪く医師からは「痛みがないのか」と聞かれたそうです。「3度目って有るのかな~~~」と心配していました。何もかも弟任せですので気になります。

台風前に室内に取り込みました植木です。 マザーリイーフ (セイロンベンケイソウ)・・・・大きく育つは小苗は増やすは繁殖力絶大の植物です。植物は風を喜びます。 天気が安定したら又ベランダに移動させましょう。 やれやれですがこれも運動の一つです。

























6月2日      薔薇

 今日は蒸し暑くなりました。台風に備えてベランダを片付け多くの植木を室内に取り込みました。7階です。ベランダのものが飛んだら大変ですから 排水溝の中の泥まで掻きだします。トックリランを必死にベランダに出しましたが また室内に取り込むのも大変です。おおきなビニールシートをかけましょう。

深大寺植物園の薔薇園には今を盛りの薔薇が見事に咲いていました。













久しぶりに マイク真木の「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が 寂しかった僕の庭に薔薇が咲いた。」懐かしいし 流行ったな~~~。フォークソングのはしりだった。まだ歌える。流行歌と言うけれど 流れ去る川の様に思えます。















6月1日     温室の蘭

昨日ハルさんから電話があり「お姉ちゃんが行きたいところに行きましょう」とお誘いがありました。まず両親のお墓参りがしたい旨伝えました。直ぐ迎えに来てくれて両親と母の実家の墓石を洗いました。墓所内は梅の実が沢山落ちていました。 「あとはどこに行く?? 遅くなってもかまわないなら 清里でも行く??」「深大寺はどう温室もあるし 蕎麦屋もあるし」となり神代植物園へ行きました。先ずは腹ごしらえのとろろ汁のお蕎麦が美味しかったです。  若い頃は京王線つつじヶ丘か柴崎からバスに乗ってよく温室に来たな~~~~と思い出します。

温室内でしたが暑苦しさもなく心地よく植物を見て歩けました。  やはり植物園は楽しい。








 






5月30日      ねこ

風が心地よく室内に入ります。足をのばして・・・ついウトウト首ががったと落ちて「眠い」となります。室内に干した洗濯物の乾きも速いです。

ハルさんがマヌルネコ・マヌルネコと言い始め・・・・那須まで見に行ったことがあります。気性が荒い猫でした。確か???ポリーさんと言う名前だったと思います。何十年も前の事でした。




 


千鳥ヶ淵緑道に不定就労者が住み着いていて何匹もの猫を養っていました。 お偉いさんが餌を持ってきたりお酒を差し入れしたりして・・・・40年以上前のことだったでしょうか。其の時の猫です。

子供の頃から家に猫の居なかったことは有りません。雄猫しか飼いませんでしたが・・・・
ある日弱った長毛の黒猫が台所に入るようになり 私に捕まりました。野良猫が飼われることは珍しいです。雌猫で何度か出産しました。クロは歯がないので臍の緒を切ることが出来ません。私が子猫の臍の緒を切ってやりました。母が「クロはNの居ない時には出産しない」と言ったほどです。生まれた子は長毛で可愛くみんな貰われていきます。押し入れで産んだ子猫をクロは夜になると父の布団の中に運びます。脛毛の間に子猫を入れられ 爪とぎまでされても父は我慢していました。父の脛は赤く爪の跡が残りました。









5月28日         ウサギの土鈴

大使館の木々は坂に沿って道側は先日剪定されましたが 昨日より敷地内側の枝の伐採が始まりました。南東からの風がまともに吹き付けるようになりそうです。余り薄い目隠しにならないでほしい。敷地内は小屋など建物が多いので伐採は大変でしょう。もしかすると・・・梢の先端も短くつめるかもしれない。

昭和50年 1975年 1月 今は亡き代理店の廣田部長と 当時の日本橋白木屋の催事場で求めたのが兎の始まりです。この兎は51年もの月日を私と一緒に連れ添ってくれたことになります。土鈴としては大きく目の前で日付を書いてくれたのを覚えています。




廣田部長・・・懐かしい方です。 父が亡くなり 母が心筋梗塞で入院中 夕方の新宿駅西口の交差点で偶然お会いしました。近くの居酒屋でぽろぽろ涙が出て今の状況を話しました。黙って聞いてくださった後「孫が亡くなってね・・・娘を思うと辛いんだよ」と話されました。 私一人ではない恥ずかしいおもいです。 でも話せたことで軽くなるものがありました。そうだ「暖かく眺めの良い蓮のうてなを捜しておいてあげましょう。」廣田さんが言った言葉だ!!!