8月13日       晒し鬼灯

シトシトと雨 気温の低下を目で感じます。 先日のドライブの疲れが今頃・・・腰からお尻・腿裏から膝下まで鈍痛となって現れました。ロボットのように突っ張らかってトイレに行く始末です。 寝ているのには不安がありウロウロ室内を歩いていますが テーブルも机もベット周りも片付かなくて困っています。 夜中目が覚めて・・・ペルセウス流星群が見えるかもと思って窓を開けましたが 薄い雲がかかって空はのっぺりと広がっていました。 かって此処のベランダでワイン片手に流れ星を数えたことがありましたが 今は昔の思い出です。

晒し鬼灯

















8月11日   奥多摩迄 美味しいものを求めて

昨日ハルさん夫婦が何処かに食事に行きませんか・・・・ということで  久し振りに「なかい」の釜飯をめざして奥多摩へ行きましたが 入店まで90分待ちとのことで諦めて他を探すことになりました。途中の澤乃井簪美術館の前を走ると「ここも何度も来たわ」あの美術館の崖を下がっていく長い階段を思い出します。玉堂美術館も・・・昔々の事です。川向こうの隠れ家のように静かな多摩アースガーデンで あわび茸の唐揚げ・うみぶどう・ハンバーグをのんびりいただきしました。後は八王子の物産館で買い物をして 中央高速道を夕日に追われながら帰宅しました。新宿の高層ビル群が見え始めると自宅はもう目の前です。

















8月8日     ジャノメ蝶

 今日は臍を曲げたPCを正常に戻すのに 午前中師匠の手を煩わせました。 ショウさんブログ命なのに 困った 困ったでPCに向かう気力が失せます。 疲れて頭がこんがらがってフラフラと昼食を食べに行きました。私の後の方は順番待ちで大勢さん立っていますのに アイス珈琲1杯でPCをたたいている子連れがいました。お行意義の悪い子供を見て・・・パソコン自宅でやれよなと思いつつ急いで食事をして暑さの中帰宅しました。自宅付近は土曜・日曜日は和食屋・寿司屋・食堂等食事処は休みになります。 セブンイレブンでお握り・焼き魚・香の物等を買って明日に備えました。

ヒメウラナミジャノメ











8月4日     鬼灯

日本列島は厳しい暑さが続いてます。 朝起きてくるとリビングは30℃です。 直ぐエアコンを入れて室温は26℃前後になります。外出しなければ汗をかくことも無い毎日です。 熊本では被災者の方々が体育館にブルーシートを敷いて休んでいるようで御身体お大切にと思います。まだまだ暑さはこれからでしょう。 昔は夕方には夕立が有って涼しくなったように思いますが・・・コンクリトの建物は夕方から熱気を吐き出すようです。

先日から読んでいました灰谷健次郎の「兎の眼」読み終えました。古本屋前のワゴンの中から買ってきた本です。読み応えのある本でした。最近は絵本ばかり買っていましたから新鮮な感動でした。暫くはこの本を繰り返し読むことになりそうです。

網目鬼灯








8月2日     建築物

高血圧症治療のため薬を服用しています。毎回60日分処方されますので2ヵ月ごとに診療所に通う必要があります。 昨日診療所の待合室は腰を下ろすところがないほど混んでいました。待って居れば順番は来るわ。イライラしない時に限って待ち時間は短いです。 血圧測定をして 聴診器を胸と背中に丁寧に当てて調べてくれます。「心配ありません。薬は60日間出しておきます。」これで終わりで・・・2か月無罪放免です。 駿河台下まで歩いて(丸亀製麵)で饂飩を頂き 車を拾って帰宅しました。



















7月31日      前掛けをした熊さん

昨日「仲良し絵本の会」へ参加しに九段下まで行きました。お二方が部屋で歓談していました。元々11名でしたが出席者は少なくなってきました。私は折角場所まで予約してくれるのですから 絵本を選んで 午前中の昼トレを休んでも・・・頑張って行きます。 加えて会話が脳トレになりますから。

レストラン前の熊    熊のお出迎えはなかなか出会いません。緑の蔦も趣がありました。


 







7月31日           地下通路にて

時間の経過とともに九州熊本地震の被災地の惨さが解ってきました。 10年前にも・・・言葉も出ません。「断層の割れが残っている」と聞きなれない言葉が放映されて疑問に思います。その事実を住人に知らせていたのだろうか?。 日奈久断層帯はまだ海際が割れ残っているとのことですが 住人は繰り返し大きな地震が起きるとは思ってはいなかったようです。 〈広域緊急援助隊〉を各自治体はそれなりに準備はしているようですが 海外の政府からも援助の手が寄せられているようでありがたいことです。


地下通路のショーウインドウです。 ガラス細工です。








以前被災地に不要な衣類が山のように届いたことを思い出します。 ボランティアは全てが自前での参加とのこと まずは被災者ですが必要な人手を得るにはもっと政府が援助するべきだと考えます。