1月11日       神楽坂

神田明神へいきたい。と思えども人混みが怖くて二の足を踏むばかりです。 え~え~いめんどくさい。神楽坂にして おこう!!決まれば早い。とは行きませんでした。あんなに行ったのに乗り換えの道順が思い浮かばないのです???わすれるんだ!!吃驚です。それでも家をでました。矢張り九段下の乗り換えで・・・・おかしい???悔しい???なんとか無事神楽坂には着きました。人出があって赤城神社前で並びました。こんな事初めて今日は大通りだけにしておこう迷子になると困るから。

赤城神社前


狛犬



結びみくじ


それでも 餅菓子やでお赤飯を何時もの野菜店で(子持ち高菜)を買ってきました 。 ただ残念なのは桃李天下に行き忘れたことです。








 

1月10日   お土産は亀

朝 ハルさんから連絡があり竹橋で待ち合わせました。 息子の結婚式でハワイに行ったお土産を持ってきてくれました。北の丸公園の陽射し一杯のベンチで 話を聴きました。暖かい公園内で一休みして自宅まで歩きました。 ハルさんは楽しそうな話を続けていました。身内の少ない私たちは私が親戚中で最年長者になります。

ハワイのお土産




「亀は万年 鶴は千年」と言いますから・・・縁起がいいお土産です。







1月9日       芽

 山火事が起きています。昨年から火事が多く恐ろしい。 小学生の時すぐ裏の旅館が一角焼けた。両親や叔父たちが屋根に水を撒いていたのを覚えています。オーバコートを着せられて玄関にいるように祖母に言われ路地を駆け回る大人の緊迫した動きを泣きながら見ていました。 あの頃火事は多かった。クラスメイトの精肉店・自転車屋・製函所・等夜も昼も火事は多かったです。

伝統的な数え歌や遊び歌の「慈姑が芽を出した 花咲きゃ開いた」を今でも覚えています。もともと慈姑が好きです。 ほろ苦くてホックりしていて・・・・母が炊いてくれました。そう言えば暫く食べてない。明日デパチカにでも行来ましょう。

薩摩芋の芽





1月8日   がんばれ水仙

 木曜日・・・シルバートレイニングの日・・・行かねば 行こう 行きたい 着替えるのがめんどくさい 休むか??? 頑張れば 出来る さんざん戦って・・・出かけました。外に出てしまえばあとは会場までの坂を「よいしょよいしょ」と登るだけ。 坂の多い街です。 

度々水を変え花を切り戻しています。12月28日の花です。 ナンテンはカナヅチで切り口を叩き細かく裂き 花は水の中で切り戻して水上げをすると花が長持ちします。





シルトレの会場は参加者が少なかったです。 今日は身体が動きました。少しうれしい!!




1月7日    みみずく

「七草 ナズナ   唐土の鳥が 日本の国に渡らぬ先に トントンパラリトンパラリ」と歌いながら七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)を刻んでお粥に入れたのが七草粥で 以前は七草のセットを売っていました。今 思うと・・・・ソ連と中国の国境あたりで発生するインフルエンザが水鳥によって拡散されると言われていますから「唐土の鳥が」渡らぬうちにと歌っていることに驚きます。

みみずく   フクロウとみみずくの違いは頭部にある耳のように見える羽角の有無のようです。木製のみみずくは 掌に入り温かみがあります。













1月6日    初詣で

 何日もゴロゴロしていました。そろそろ活動開始です。 千鳥ヶ淵緑道を歩いて靖国神社に初詣でに行くこととしました。「風が冷たいよ気を付けてね。」管理人さんに声をかけられて歩き出しました。確かに風は冷たく痛い。太陽は暖かく優しい。靖国通りに出って昼食をとりに店に入りました。最近覚えたシラス丼の店は混んでいました。 靖国神社はがっらんとして広々と見えました。参拝して 破魔矢とお札を買って帰ることにしました。これで新年が始まる・・・・

大絵馬







大村益次郎 像









1月5日     もう一つの香水瓶

今は居ない恵美ちゃん・・・彼女も香水が好きだったようですが居酒屋を経営していましたので自分ではつけませんでした。彼女が「タブーだけは駄目なのよ」と言いました時びっくりしました。私は大好きだったからです。 こんなに好き嫌いがあるのかと思いました。 体臭の強い外国人には香水は必需品のようです。「香水をつけてない女は裸の女」と言ったのはココ・シャネルだそうです。

ルネ・ラリックの香水瓶   ルネ・ラリック展を開館したばかりの緑濃い東京都庭園美術館へ見に行きました。40年近く昔のことだったと思います。売店で買ってきました香水セットです。