12月1日    竹林

酉の日が 3度有る年は火事が多いと言います。 先日のマンション6階の火災も恐ろしかったです。私は3度大きな火災を身近に見ています。10歳前後に裏の旅館の火災・30代クラスメイトが火のついたストーブを抱えて通りに出て来て倒れるのを目にしました。・・・”シミキン”は家族を守りました。  矢張りクラスメイトの肉屋が全焼して「焼き肉が出来て安売りが有るよ」と言う心無い話も聞きました。妹と喜子叔母が素早く駆けだしていきますが「茂利さんの方が早かったよ」といつも隣家の長男の速さを不思議がりました。私は・・・・愚図ですから 火事は見にはいきません。

竹藪     俳句の秋の季語に「竹の春」と言う言葉があり   春の季語に「竹の秋」と言う言葉が有ります。丁度筍が出る時期です。つまり一般の植物とは季節が逆になります。 






火事と喧嘩は江戸の華・・・・とか言いますが 昔は木材と紙の家で延焼を食い止めるのに 鳶口で家を壊し防火帯を作るしかなかったようです。 今の昭和通りは当時東京市市長だった後藤新平の原案では防火帯の役もするように幅108メートルだったそうですが 反対され今は44メートルだそうです。 折角先見の明があった人が居たのに・・・残念なことです。 今の自宅は坂上に警察・消防署が有りますので「ウ~~~ウ~~~」とサイレン音を聞くことが多いです。以前のマンションも近くに消防署が有って「ウ~~~ウ~~~」をよく聞きましたから余り驚きはしませんが早朝4~5時ごろの出動が多いです。








11月30日   夢薄れて

昨夜から考えていた通リ・・・築地に行くことにしました。バスは当てになりませんから地味に地下鉄乗り換えにしました。 何故か土曜日ばかり・・・案の定混んでいます。でも行く店は決まっていますから迷いません。新しい帰り道を見つけましたから・・・ただ来たバスに乗ってから考えます 。混んでいて困っていたら席が一つあきました。若い女性が譲ってくれて嬉しかったです。バスの混みようは不思議でした。 奥はガラガラでも真ん中から前は苦しそうでした。少しずつでも奥に入ればいいのに???乗り残しは出来ないから入り口前で団子状態でした。


神保町の古本屋街で・・・・店前に並べららているのはプログラム・カタログの類でしょう。  映画のプログラム家にもあるよな~~あんなに興奮して買ってきたのに。 今は夢薄れて・・・・ 














11月29日    古本

朝ベットから降りる時・・・腰を捻ったのか左脇に鈍痛が残りました。  外出するな!!との天のお告げでしょう。 ベット周りを冬用に変えてぬくぬくしましょう。真冬用の羽毛の掛け布団に風を入れましたが・・・・まだ早かったかな~~~~。 神田の家で両親に妹が結婚のお礼に羽毛布団をプレゼントした時その軽さ暖かさに喜んだのは父でした。当時の羽毛布団は贅沢品だったように思いました。 あの羽毛布団は宇佐美の家にあるよな~~~~。布団屋に持って行くと打ち直してくれるかもしれない。


神保町古本屋街    








覚えていること

子供の頃今の神保町三井ビル(商業ビル)・東京パークタワー(住宅棟)の敷地は細い路地3本分ほどで本の取次店が密集していました。私の住んでいた地域も製本業に関する仕事をする家ばかりでした。裁断・製本・製箱・金版彫・・手仕事をする職人の地域でした。前の家では大きな機械でバッサと紙を裁断していました。 時々大きく長い刃を付けた自転車が来て 新しい刃と交換して行ったもんです。 裁断された端切れは床下に収納され これまた小型トラックが来て大きな麻袋に裁断切れを詰めこみ運ばれました。上下板で圧縮された本に糊を刷毛で引き日向に並べる 製本屋でした。







 

11月28日    管物菊

午前中はシルバートレーイングスタジオに参加して 午後は仲良し絵本の会です。 九段下まで地下鉄で1駅でも・・・階段の上り下りは有り だんだん手すりに近づきます。 管理人さんに「気を付けてね」と会う度に声をかけられますから・・・用心用心です。


菊花展   新宿御苑・靖国神社・湯島天神・日比谷公園 など自宅近くで菊花展は見られます。  大輪の花を咲かせるには 下葉から1枚も落とさないように苦心して 菊作りは大変なようです。大菊の花は直径18センチ以上で花によって厚物・管物・広物に分けられるそうです。









思い出すこと

私にカメラを持つきっかけを作ってくれた 隣家のKさんの写真で 菊の鉢を大事そうに持って通りを歩く老人の姿を撮った一枚が有りますが とても素晴らしい写真だったと今でも思います。あんな場面にぶつからないかな~~~~~












11月27日   ウドの果実

 暖かなので・・・1時近くなってから坂上に昼食を頂きに行きました。 大使館の裏道は人通りは無く長閑な陽射しに溢れていました。 中華店で同席した女性は麺とホイコウローと半チャーハンを平らげました。私は麺だけで十分なのに???太ってはいません 帰る時中華弁当を貰って2980円支払っていました。健啖家!!!


ウドの果実




帰り 坂を下ってくると大使館の上に細かい鱗雲が広がっていました。 秋の空だ!!。

           




11月26日    朝焼け

 穏やかな日差し 夕方から天気は崩れそう・・・・デパ地下迄昼食の買い出しに行って来よう。 動かないとフレイルになるらしい・・・かと言って外出すると転ぶ・・・どうすりゃいいのさ思案橋・・・・でも今日は冷蔵庫寂しい 好きな食料あつめに行きましょう。


「雲は天才である」石川啄木の処女小説。


石川啄木・・・・歌集「一握の砂」が知られ 26歳で亡くなっている。昔「しらしらと氷かがやき 千鳥啼く 釧路の海の冬の月かな」の句碑を釧路で読みとても感動しました。 貧乏たらしくて嫌だと言う人もいるが・・・確かに彼の歌は生活苦ばかりが目立つ。 結核と言う病魔が蔓延していた頃 今では想像もできない貧困だったに違いない。 流れゆく雲が慰めだったかもと思うと・・・悲しい。









11月25日    ガラスの兎

 児童文学作家の高木敏子氏に「ガラスのうさぎ」なる作品が有ります。ガラス工場で作られたガラスのうさぎを持って太平洋戦争末期空襲の中生き抜く少女の話しですが・・・野坂昭如の「火垂るの墓」を思い出させます。 ニュースに写される戦争地域の幼い子供たちが裸足で埃ぽい難民キャンプで遊ぶ姿は無邪気です。 大きな濡れた瞳がそれを物語っています。 皆飢えの中に育つらしく手足が細い 戦争は絶対避けるべきです。


掌にホッコリ握れます。田原町の裏道で求めました。金箔ではなく銀箔が入っていることが気にいっています。











ユニセフに寄付をしましたらお礼の封書が届きました・・・・でもこうゆう作業にかかる費用と人件費が無駄だと思いました。以前マザーテレサが会合のテーブルに置かれていたジュースを見て 飲み物は水で良い その分子供たちに回してほしいと言ったそうですが・・・その綺麗な水1杯を得るのに遠くの水場から重い水を背負ってくる子供たちが居るのです。 戦争状態の国があり 不毛の土地しかない国が有り まだまだ教育が行き届かない国が有ることで地球の広さに驚きます。