10月22日    シュウメイギク

 今日で・・・・自分に課した縛りを解きましょう。  酒命さんにご指導願って13年「showの水晶玉」が 続きました。其れから2年「カラスの道草」を1日として休まずに終われそうです。何も感情は有りません 事実が残るだけです。何とかなんないのか??? 無理です15年もの間腐心して 喉に刺さった棘の様に気になっていたブログですから・・・・体調も思わしくはなく潮時でしょう。感情は暫くして身体の内から溢れ出るか はたまた じわりじわりと染み出るか 心配する事無いわ。その時の事よ・・・とま~あこんな塩梅になりました。 感謝致します。


秋明菊の雄蕊の花粉にホソヒラタアブがしがみ付いていました。




中央の緑の玉が雌蕊   


思いのほか背丈の長い花で 皇居東御苑の休憩所の横に咲いていました。  花言葉は「忍耐」「淡い思い」。 恋愛が終わりを迎える寂しさ切なさを感じさせる花言葉だそうです。 毎日恋人に会うようなワクワク感から 少しづつブログから離れて行けたらと・・・そうだよね何年も向き合ってきたんだから・・・・寂しくないはずが無いよね。   暫くはぽつりぽつりと写真アップして文章を紡いでいくか~~~~












10月21日    北の丸のカラス。

 急に寒くなって・・・・ああ冬が名刺をばらまきだしたと思うと肩が凝るような気がします。「冬来たりなば春遠からじ」と言いますから其れを信じて 冬物のコートに風を入れておきましょう。何十回となく冬を迎えて来た。七五三と言うと空風が吹いて寒かった。住環境が良くなって今は暖かい。私の室内でも25度はある気候が極端にならないように願うばかりです。昔・・・あかぎれ・しもやけが出来て手は赤かった。いまの子供達は判らないだろう。 母が冬には毛糸の手袋を編んでくれた。編み棒が今も手元にある。お母さん・・・寝る迄編み物をしていましたね・・・懐かしいです。

北の丸のカラス    名前は(あーちゃん)です。あーちゃんの庭で私が呼べば・・・科学技術館の方角から来ます。 名前を付けたのはこのカラスだけです。頭が良いのが判るカラスでした。 以前も酒命さんが「カラスさん今日休み来ないよ」と声をかけたら さっさと飛んで行ってしまったそうです。 あーちゃんは酒名さんも認識していることになります。此のノッポはパンをくれない!!










通勤時いつも此処であーちゃんにパンをあげていました。 石原都知事が「カラスに餌をあげてはいけない」と言っていた頃 公園中殺虫剤散布して・・・自然のバランスを崩しました。 決して褒められたことでは無かったので通勤路を変えました。ある時カラスが落鳥するので鳥インフルエンザを心配して環境省が解剖したら 胃が空っぽで餓死だったそうです。 其の後カラスが隅田川・荒川・江戸川を越えて移動していったと聞きました。今大使館の防風林にカラスが1組住み着いています。桜田濠にもオオタカが一つがい住んでいたのを覚えていますが・・・・周囲4キロの皇居の広さでオオタカが1組養えると聞きましたが あの松の巣はどうなったのだろう? 












10月20日    銀座一丁目

矢張り薄紙をはがすように・・・少しずつ身体が軽く回復してきています。 ただ気力がイマイチです。無理をすることは無いわ。何十年と会社を守ってきたのだから・・・・もう勝手気ままに寝て居ればいいじゃない。 明日の食べ物に困るほど貧乏神に追われているわけでは無いんだから。


先日迷い込んだ地下鉄銀座一丁目で何となく地上に上がり・・・この建物を見て異界に迷い込んだ気分でした。ここが銀座なんだとは思えませんで頭がこんがらがって 動けませんでした。それ程この建物は自己主張が強かったです。頑張ってるな~~~~私より高齢かも知れない??。 基礎がしっかりして手抜きが無いんだ。ビルは誇らしげに建っていました。
銀座一丁目オフィスビル奥野ビルは 民間で最初にエレベータが設置された最新の建築物で 1932年昭和7年竣工 隣のビルはその2年後に竣工しています。 老姉妹なのか?老兄弟なのか???体調戻り元気になったら早速出かけましょう。










目の前にはホテルモントレー銀座があり その前庭です。  なんか古びていて素敵。




























10月19日   キバナコスモス

 まだ熱が残っているようで 外出する元気は有りません。仕方ないので静かに絵本でも読んでいましょう。 新美南吉の「ごんぎつね」何度読んでも最後の2行で考えさせられます。「兵十は火縄銃をばたりと、とり落としました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。」私は昔話・童話は少し残酷で怖いと思いますがごんもその一冊です。 後書きでは(悲しい結末です。でもこれはごんの救いになっています。 理解されないままの死では無くて 兵十に理解されたからです。・・・)これが子供たちに解るだろうか?? 30歳で亡くなった新美南吉の17歳の時の作品だと言いますから 天才は凡人の何倍かの速さでこの世を駆け抜けるのだと思います。

キバナコスモス   昭和記念公園の丘のキバナコスモスは今年も咲いているのだろうか??  ハルさんと初めて行ったのは昔昔の事。 昭和58年(1983年)開園。 神田研光会でも行った。懐かしい!!














高齢になって体力も失われた今・・・随分と色々な所に遊びに行ったと思います。 昭和記念公園も四季折々に訪れました。キバナコスモス・ピンクのコスモスも見ていますし ハルさんとは 長野のコスモス街道巡りで内山牧場のコスモスなど見せてもらいました。コスモスは弱そうに見えても 倒れて 土に接した茎から立ち上がるとて生命力の強い花だそうです。














10月18日   猫の釣り堀

明日は雨で寒くなるらしい・・・今のうちに入浴して洗髪を済ませておきましょう。サッパリすれば 身体も軽くなると言う物です。でも相変わらず微熱が厄介です。まあいいか高熱で節々が痛むよりはと思っても じっとりと汗が纏いつきTシャツを着替える必要があります。助かるのは頭痛がしないことです。石頭だから痛みを感じないのかもしれません??? 37度線を行きつ戻りつ股にかけています。


ちゃんとメダカが泳いでいます。 下町の玄関先に樽の池があって猫が釣りをしていました。












この猫達 ちゃんと重りの付いた棒切れの竿を持って居ますので とてもリアルに釣り糸が張られていて 引き込まれます。 メダカもいますし。楽しそうです。





















10月17日   谷中の猫

咳き込むことも少なくなり 喉の痛みもだいぶ和らぎましたが 37・1度の微熱が辛いです。それでも先の事を考えて食糧買い出しに行きました。 スパーマーケットの入り口には乳母車に乗った犬が寂し気に私の顔を見ます。「お母さん直ぐ来るよ」とだけ告げると 今度は小さい子が兄弟げんかして親は怒鳴っていて ここには日常が有りました。買い込んだ食料は何とかザックに入れ 両手にブル下げて何時ものスタイルです。 

朝帰りしてごめん下さい。  ご開門を・・・




釣り堀の猫   自分の餌は・・・・自分で確保しないと・・・・居候猫



白黒猫



猫は窓が好き



ブリキのドラ猫



ビー玉猫


今夜はスーパームーン 満月が見えます。  自室は南南東に面しており大使館の木立のむこうは皇居の森ですので・・・大手町あたりのビル群の窓の明かりがちらちら見えるだけで 余分な灯りが無く薄暗いので 美しい夜空を見ることが出来ます。
















10月16日    サボテン エキノセレウス 紫太陽

朝の陽差しはどこえやら・・・・物寂し気な雰囲気です。又パソコン トロイの木馬に乗っ取られそうになりました。 悪い事をする人が居るもんです。 

サボテン   エキノセレウス 紫太陽  とても美しい色をしたサボテンです。










”アベルは死してカインんは残れり エデンの東ノド地に住めり。”  聖書に書かれています。 禁断のリンゴを食べたアダムとイブの2人の息子です。 有島武郎が「カインの末裔」を書いています。中学生時代 ジェームズ・ディーンの「エデンの東」に夢中になりましたが・・・・私達は弟を殺したカインの子孫なんだと言われましても???です。サボテンの棘は厄介者です。姿は見せず何時までも存在を伝え続けます。