8月20日   カップ&ソーサー  

起床すると・・先ずは台所の冷蔵庫を確認します。1日分あれば外出は無し 次にカレンダーを見て医院の予約なし・・・よし大丈夫外出は明日にしよう。 昨日掃除機かけたし・・・本でも読んでいましょう。安野光雅「絵のある自伝」読みやすかったです。彼の優しい絵が一息つくのにうまい具合に配されていて穏やかに読めました。

喫茶店壱眞(かずま)神保町店 店は地下です。少々急階段狭く不便なところなので・・・今は遠慮します。 カウンターの前の棚にカップが飾られて壮観です。 ここも古い店です。半蔵門駅通りに 珈琲可否道 平河町が有り やはり色とりどりのカップが壁一面に飾られています。好きな珈琲カップを選んでコーヒーを入れてもらえますが 数多いカップにアレコレ迷って何ともて楽しいです。


















8月19日     サルスベリ

昨日とにかく地下鉄に乗って神楽坂に行ってみました。坂沿いの店は開いていました。この店の野菜が新鮮だったので帰りに買っていこう。もう一軒 裏道に 「桃季天下」という中華の蒸し物のお店があります。そこのシュウマイが好きでしたが暑さのためか寄る気も起きませんでした。 身体が帰りたがっています・・・ぶつぶつ言いながら神楽坂上まで来てもと来た道を戻りました。格別の急用もないのに外出して倒れでもしたら笑いぐさです。熱中症にならないように帰宅です。恐ろしいほどの暑さでした。

百日紅    信じられないサルスベリでした。まるで・・・つる植物のように3階まで木が伸びていました。幹は結構太かったですが・・・・百日紅がこんなに生長するとは思いませんでしたし・・・あそこまで水を吸い上げるのは大変な力だと首をひねりました。




























8月18日     リンコステイリス・セレスティン

 先日来神保町に出かけるたびに買ってきた本が大分たまっている。 もうしばらくは本は買ってくるのはやめよう。 そうなると・・・・有楽町に行くか この暑さあそこは街が起きるのが遅い。 さてどこがいい???。 暑い間外出しなかった・・・そろそろ外出したい。 やることは有るのだろうがやりたくはない。 なにしろなるべくならエネルギーを使わずにいたい。 ベランダの植木も植え替えたいが何せ暑すぎます。とか言い訳をしてボーとテレビの前で冷たい飲み水をのんでいます。

 リンコステイリス・セレスティン     この花の鉢は2鉢あります。花が咲くと可愛い。  














































 

8月17日     ひまわり

銀座7丁目によく通うお得意さんがありました。  好奇心の強い私は4丁目からショーウインドーを見て歩くのが好きでした。岡田かめやは当時からあります珍味屋です。 今は一袋500円でしたが かっては3袋1000円だったように思います。その前に狭い洋装店があって・・・衣類は仕立てがよかった事もあり殆どそこのバーゲンの時に買いました。懐かしいだけでは言い表せません。


かって4丁目にあったミキモトの入り口には浅いプールがあって花が飾られていて・・・楽しかった。


銀座・・・新宿・渋谷はほとんど知りませんが銀座は通った年月が違います。銀座6が建って大きな変化が起きましたが・・・中央通リの奥の道は庶民的でした。未だに覚えている店が多いです。 6丁目に東京競馬馬券売り場があって・・・そこだけはニッカーボッカをはいた男性達が多く集まっていました。少し涼しくなったら銀ブラしに行ってみよう。1丁目からでも4丁目からでも歩けばいいじゃないか。












8月16日    サルボウガイ

1945年8月15日  突如戦争が終わった。 戦時下母は青森に疎開して4月に私を出産していました。神田の家の近くに設備が整た大きな防空壕があって 知り合いの方はそこに逃げたそうですが・・・伝手のない祖母の家族は入れなかったそうで 空襲警報が鳴るたびに 父と母の妹達は阿佐ヶ谷保方面に逃げたそうです。 神田が焼け野原になると地下防空壕の中で全員が死亡しました。 遺体は当時美土代町にあったYMCAに運んだと聞きました。 壕を出ようとした人たちも扉を開けることを止められ たった一人木村パン屋のメリーちゃんだけが扉の前で生き残ったと母が話しました。彼女はのち宝塚スターになっています。 人の運命は分からないものです。 長い間水を張った地下のある陰気な建物が残っていましたが いつしか2棟のマンションが建ちました。 当時の事は風化しました。

サルボウガイ    二枚貝です。  

































8月15日     クモガイ

今日は貸金庫をしっかり整理しようと思って銀行へ。あれやこれや色々確認が難しくやっと・・・貸金庫の中を見てびっくりしました。 考えた金額よりも多額な現金がありました。よく考えましたら母方の3人の叔母たちの相続遺産だとわかりました。急に荷が重くなりました。両親も皆皆つつましく暮らして残した財産を・・・私が無駄には使えません。


クモガイ   12歳の時父の故郷に行って・・・小さな島を一周しながら拾ってきた貝です。 




大浜の海岸は岩だらけ いくらでも沖へ出られますが潮が上がってくると 潮だまりは深くなり帰れなくなります。サメに狙われるのはそんな時だそうです。 ただ不思議なことに人を襲ったサメは必ず仕留められるといわれています。 浜には島の英雄「オヤケアカハチ」の足跡がありました。私が見た石垣島は電気・水道等はありませんでした。 真っ暗で鼻をつままれても分からないような闇の道を従妹たちは走っていきます。月明かりがどんなにか明るいかを知りました。









8月14日    ハシナガソデガイ   「女神のかんざし」

大分以前 ペイオフなる制度がありました。それで私は慌てて靖国通り沿いの銀行に預金保護のために分けて歩き回りました。それがそのまま・・・忘れないうちに整理しておく必要があると思い神保町へ出かけましたが 貸金庫の暗証番号も拒否され・・・ああもう少早くに動いておけばよかったと後悔しています。時間が十分にあるのか命の炎が尽きようとしているのかは判りませんが終活の第一歩として銀行整理しておきます。


ハシナガソデガイ   細長く尖っていて今にも折れそうで怖いです。 海底砂地に生息します。  「女神のかんざし」「糸つむぎ貝」