6月9日    窓下を・・・

 今日で日枝神社のお祭りも終わり。 実家の会社は神田に有ります。神田の祭りが表の時 一番町の日枝さんのお祭りは裏・・・なので私は毎年表の祭りを楽しめます。この2社の神輿は皇居内に入場できる3基の神輿の中に入っています 遠くから祭囃子が聞えます。窓から見てますと大使館の坂を山車と神輿が過ぎていきました。

此処の坂も結構勾配が有ります。この人数では大変です。 でも揃いの法被で楽しそう。 明日大変だぞ~~~身体中痛んで 特に肩が・・・ 赤く擦れる。 背の高い人は負担が大きい。 女性が入ろうものならブル下がってさらに大変。一度神田の町内神輿の花棒を担がせてもらったことが有ります。 後ろの方がグッと腰を支えてつま先立ち花棒にブル下がったような気がしました。 花棒は皆奪い合いう場所そこによく私を入れてくれたと思います。 「女には神輿は担がせねえ」は昔の話今では女神輿を見ますがやはり足元が覚束ないです。




 子供神輿が大人用の神輿担ぎ棒の上に載っています。 此の人数では・・・大神輿は無理でしょう。 100人で担ぐ神輿なら後ろに100人の担ぎ手が控える必要があると聞きます。 昔はお神輿の上に乗って囃したものですが 今は神田祭では禁止されています。神田青物町のお神輿は千貫神輿といわれ「やっちゃば」の若衆200人が担いで秋葉原から坂を上がってきて圧倒されます。 日枝神社にも名物のお神輿があるはずです。










6月8日    神輿巡り

なんだろう??雨が続くようなことを言っていたのに・・・又サボテンベランダへ移動しました。もう雨に当たっても寒さに持ちこたえられるでしょう・・・さあ!!出掛けよう。

社務所巡りに行きました。  まずは地元の一番町








九段四丁目の山車











山車飾りは牛若丸と弁慶でした。



囃子方の太鼓



九段三丁目の神輿


今日は日枝神社の正面男坂を神輿を担いで登る宮入りの日・・・あの急な52段の石段を登るのは見ものですが日枝さんまでは もう疲れる・・・・此のあたりで帰りましょう。










6月7日    日枝神社 神幸祭

目を覚ますと よっし‼!今日は頑張りましょう。 カメラを持って坂を上がって靖国神社方面を見ると・・・ 遥か坂の下から 山車の行列が動き始めた。 日枝神社の 山王祭 初日神幸行列が始まりました。 何となく・・・神田のお祭りとは肌合いが違うような気がしました。


一番町の社務所  坂の街・・・登ったり下ったりと山車も大変。
























初お目見えの象の山車・・・・半蔵門の由来になったとも言われている象  思っていたより???






思い出すこと

神田の明神様のお祭りを思い出します。 両親は朝から社務所に行ったきり帰ってこない。子供はほったらかされても 配られるお赤飯・おにぎり・お稲荷さん・万カツサンドなどが豊富にあって食べ物には困らなかった。何であんなに夢中になれるのだろうか不思議だったが・・・・親の血は引いているらしい。 










6月6日   銀座の風

とうとう・・・最後の蛹が羽化して窓から飛んでいきました。・・・ああこれでおしまい。矢張り落ち着きませんでしたのでホッとしました。 未だレモンの木に最終齢幼虫が居ますがもう見なかったことにします。

久し振りの銀座中央通り・・・・いつも帰宅して写真現像していますとこの通りのコンセプトが見えます。 今は生き物のような気がしました。





























6月5日    銀座の金魚

昨日の街撮りは楽しかったです。 今日も出かけられる・・・・そうだ銀座一丁目へ行こう!! 4丁目の三越でお弁当を買うか・・・5丁目の伊勢廣で何時ものそぼろお重もいいな~~~。


4丁目の金魚  
         赤いべべ着た かわいい金魚  お目目を覚ませば ごちそうするぞ 
         赤い金魚は あぶくを一つ ひるねうとうと 夢からさめた













此処までは元気でしたが・・・・食料調達すると 急に疲れて・・・早く帰りたい 帰りたいとなりました。 長かったです家までが きっと足を引きずってボロボロでしょう。情けない!!!!












6月4日    見つめる恐怖

急な雷雨(子供の頃は雷雨が良く起こった。)を懸念してスパーマーケットまで買い出しに行きました。帰りは両手に荷物 背中にリュックで 戦時中の買い出しスタイル。  戦時中・・・買い出しは大変だったらしい。 現金は役に立たず着物・帯等を持って行ってサツマイモ・お米に変えて命の綱の食料を 上野に帰る手前の車中で役人(特髙)が召し上げって行く。 危ないと思ったら前の駅で降りるのが賢明だったらしい。


 2011年6月24日に角の石垣で撮った写真です。 以来この前を通るたびにこの穴を覗きますが 蛇を見たことは有りませんでした。



2024-6-1   同じ穴ではありませんが・・・・蛇です!!  大嫌いなのに…興奮します。 怖いくせに喜びます。 あの目で見られると睨み返せません・・・カメラで向かいます。 蛇も恐怖の目で・・・・・同じ蛇ではない顔が違うような??? でもこの手前のシャリンバイで1・5メートの抜け殻を見つけてとってきましたから・・・この石積みには大きな蛇は居ると確信していました。  ???同じ蛇かも知れない同じところに・・・2匹いるかな~~~ もしかして此の石垣の主かも知れない。 長生きしなさいよ。3度目の出会いがありますように。









土手の松ぼっくり ・・・・蛇の鱗・・・少しこじつけ。

思い出すこと

両親は戦時中の事をよく話してくれました。 父は下宿先の祖母に乞われて母と結婚したらしい。 その途端 20代の父は姉さん女房と4人の妹と小学生の弟の家長となった。 空襲があると父は妹達を神田の家から知り合いを頼って阿佐ヶ谷へ逃がしたそうだ。 「兄さんが 人の集まる駅には決して行かないように」と何度も言ったとM叔母が良く話してくれました。「夜なんか焼夷弾がパラパラ落ちて明るくなって綺麗だったよ」と言うような母と私と祖母達を守って 大変だったろうと思います。だから・・・・上野の前で別のルートで神田まで帰ってきたのだろう。戦時中家族は誰も欠けませんでした。















6月4日    色

 涼しい風・・・むしろ冷たい風が入ります。 ゴロゴロ様は暴れるし天気不安定です。昨日の疲れもあるし 本でも読んでいましょう。


今の時期何処を散歩しても紫陽花やガクアジサイが咲いています。 多種多様な花が栽培され目を楽しませてくれますが・・・・植木鉢の花のようで趣が有りません。


















思い出すこと

この時期色んな紫陽花を見に行きました。 神田研光会で1年中撮影に行ったし ハルさんとも 伝え聞いて一人で 又アンポンタンクラブに会いに酒命さんと水元公園へ 元気でしたあの頃。紫陽花の花の色も褪せるように・・・・思い出もセピア色に。ですので近くの道に咲く紫陽花が一番美しいです。