10月20日 銀座一丁目
10月19日 キバナコスモス
まだ熱が残っているようで 外出する元気は有りません。仕方ないので静かに絵本でも読んでいましょう。 新美南吉の「ごんぎつね」何度読んでも最後の2行で考えさせられます。「兵十は火縄銃をばたりと、とり落としました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。」私は昔話・童話は少し残酷で怖いと思いますがごんもその一冊です。 後書きでは(悲しい結末です。でもこれはごんの救いになっています。 理解されないままの死では無くて 兵十に理解されたからです。・・・)これが子供たちに解るだろうか?? 30歳で亡くなった新美南吉の17歳の時の作品だと言いますから 天才は凡人の何倍かの速さでこの世を駆け抜けるのだと思います。
キバナコスモス 昭和記念公園の丘のキバナコスモスは今年も咲いているのだろうか?? ハルさんと初めて行ったのは昔昔の事。 昭和58年(1983年)開園。 神田研光会でも行った。懐かしい!!
高齢になって体力も失われた今・・・随分と色々な所に遊びに行ったと思います。 昭和記念公園も四季折々に訪れました。キバナコスモス・ピンクのコスモスも見ていますし ハルさんとは 長野のコスモス街道巡りで内山牧場のコスモスなど見せてもらいました。コスモスは弱そうに見えても 倒れて 土に接した茎から立ち上がるとて生命力の強い花だそうです。
10月18日 猫の釣り堀
明日は雨で寒くなるらしい・・・今のうちに入浴して洗髪を済ませておきましょう。サッパリすれば 身体も軽くなると言う物です。でも相変わらず微熱が厄介です。まあいいか高熱で節々が痛むよりはと思っても じっとりと汗が纏いつきTシャツを着替える必要があります。助かるのは頭痛がしないことです。石頭だから痛みを感じないのかもしれません??? 37度線を行きつ戻りつ股にかけています。
ちゃんとメダカが泳いでいます。 下町の玄関先に樽の池があって猫が釣りをしていました。
この猫達 ちゃんと重りの付いた棒切れの竿を持って居ますので とてもリアルに釣り糸が張られていて 引き込まれます。 メダカもいますし。楽しそうです。
10月17日 谷中の猫
咳き込むことも少なくなり 喉の痛みもだいぶ和らぎましたが 37・1度の微熱が辛いです。それでも先の事を考えて食糧買い出しに行きました。 スパーマーケットの入り口には乳母車に乗った犬が寂し気に私の顔を見ます。「お母さん直ぐ来るよ」とだけ告げると 今度は小さい子が兄弟げんかして親は怒鳴っていて ここには日常が有りました。買い込んだ食料は何とかザックに入れ 両手にブル下げて何時ものスタイルです。
朝帰りしてごめん下さい。 ご開門を・・・
10月16日 サボテン エキノセレウス 紫太陽
”アベルは死してカインんは残れり エデンの東ノド地に住めり。” 聖書に書かれています。 禁断のリンゴを食べたアダムとイブの2人の息子です。 有島武郎が「カインの末裔」を書いています。中学生時代 ジェームズ・ディーンの「エデンの東」に夢中になりましたが・・・・私達は弟を殺したカインの子孫なんだと言われましても???です。サボテンの棘は厄介者です。姿は見せず何時までも存在を伝え続けます。
10月15日 蜂
矢張り行はタクシーにしました。耳鼻咽喉科へ先日来の様態が悪くなりましたので急ぎました。「喉が痛く 声が出ません よろしくお願いします。」と 書いたメモを持ってあと耳鼻咽喉科の住所を書いたメモを見せて・・・・何とかなるものです。未だ微熱が続き辛いですが診察を受ければ治ると信じて居ました。
ミツバチも少なくなりました。 通勤路は以前 蚊・アブ・ハエ・いととんぼ・クモ類と多くの生き物がいました。毎朝会社に着くと片方の足に20ヶ所ほど刺され跡を見つけメンソレタムを塗ったのを思い出します。
以前 「ハチのムサシは死んだのさ」と言う歌がとても流行りました。テンポの良い曲で好きでした。当時の学生運動を示唆していたと思います。 この小さな蜂が1人で「真っ赤に燃えてるお日様に 試合をいどんで負けたのさ」 こんなドンキホーテは今いるだろうか?? 日本の政界に????
10月14日 街猫
明日を待って・・・耳鼻咽喉科に行って来ましょう。 気管支が熱を持っているようで発熱が収まりません。 それでもお昼はおうどんを頂きました。やれやれで其れだけで全身汗をかきます。口から食べられれば大丈夫・・・・体力は付く。 ベッドで又「カモメに飛ぶこと教えた猫 」を読みました。港の猫の団結が面白かったです。 谷中の蛇道から夕焼け段々の猫達を急に思いだしました。
何やさんだったのか???思いだせません。 左右の手をあげて招き猫です。

































