落ち椿 将門塚は 北向きに
「落ち椿 将門塚は 北向きに」母喜美子の俳句です。 冬のある日母にせがまれて 二人で神田の家から将門塚に行った覚えが有ります。 この句は北面の武士だった将門を言い表して妙だと師匠の池上浩山人からも褒られました。 母が其処迄熟知していたのかは疑わしいのですが 勘の鋭い人でした。

「落ち椿 将門塚は 北向きに」母喜美子の俳句です。 冬のある日母にせがまれて 二人で神田の家から将門塚に行った覚えが有ります。 この句は北面の武士だった将門を言い表して妙だと師匠の池上浩山人からも褒られました。 母が其処迄熟知していたのかは疑わしいのですが 勘の鋭い人でした。
今日のリハビリの予約時間は12時20分。 1時間以上前に自宅を出て・・・代官町りの桜を見ながら歩いていて・・・・乾門近くで12時だった。 大慌てでそこから下り坂をつんのめる様に速足で歩き12時21分に受付に着きました。もうこんな思いはしたくは有りません。 以前とは体力が落ちている時間も考え直さないと。
名前はクリスマスローズですが咲くのは1月~今時です。
テレビを見ていても 何日に桜が開花した 満開になった・・・・桜のニュースが飛びかいます。日本人は桜を待ち焦がれている感じがします。 梶井基次郎に「桜の樹の下には」なる作品が有りますが 櫻があんなに美しく咲くのは 其の根に死体を抱えているからだとも言われる。 関が原など戦場には慰霊の為に桜が植えられてきたと聞いた。 桜にたとえて潔く死ぬように教えられて・・・・特攻隊を目指した若者の命は桜のように儚く散ったのでしょう。惨いことだと思います。
「願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月のころ」と西行法師は詠み・・・・その様に成ったらしい。 「散る桜 残る桜も 散る桜」良寛和尚
坂のあのお店 毎年店前に飾られて・・・大事にされているのでしょう。
朝から 昨日買って来ました多肉植物やサボテンの植え替えなど植物の手入れを始めました。サボテン類はプラスッチク鉢に植わっていますので 全て普通の素焼鉢に植え替えます。 素焼鉢は鉢内の空気の流れが良く植物には最適です。極薄のゴム手袋をはめても土をいじると手が荒れますが仕方ありません 植え変えた鉢はタップリ散水して植物が落ち着いてから 日陰になる前に室内に取り込みます。鉢数が多くなり・・・・ヨロヨロとふらつくようになりましたが・・・・頑張らねば!!!
乙女椿 何てぴったりな名前なんでしょう・・・・街路樹ですが毎年花を咲かせます。
早朝 ハルさんから お寺参りして買物に付き合いますよと 電話が有りました豊洲のリバホームに行きたかったので・・・有難く同行してきました。
お寺さんは春分の日後の土曜日とあってお墓参りをする方がいらしゃいました。 門を入り本堂のお釈迦様にご挨拶し 両親の墓と 母方の祖母の墓にお花とお線香をあげてきました。帰り敷地内にある池にカエルの卵が大きくうねっていました。 又木の札でつなぎ合わされたベンチがあって・・・ ポニーと馬が居て見慣れたお寺には両親が居るんだと思えました。
手作りのベンチ午前中散歩がてら紀尾井町まで昼食を頂きに出かけ その後 赤坂プリンスクラシックハウス 紀尾井町レジデンスへ行きました。 静かにあの建物が建っています。 その周りは花が咲いて明るさに溢れていました。 ゆとりがあっていいな~~~~と思いつつプリンス通りを戻りながら赤坂見附の方から来たタクシーを拾って帰ってきましたので 遠征した割には楽でした。
ファミリーマートの近くに多色咲き椿の木があります。丈の低い小さな木ですが 見れば見るほど綺麗です。白・赤・ピンク:絞りの色それぞれの花が盛りでした。昔「唐獅子」なる椿を持って居たように思いますが・・・花の中心がクチャクチャとした少し暗い赤の花でした。 北の丸公園では吉田茂さんの銅像の左横に唐獅子椿があたように思います。